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特別企画
2023.03.10
MANARA with編集部
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素敵なあの人を訪ねて 第9回 渡邉 真紀子様
マナラビューティー 素敵なあの人を訪ねて 第9回
こんにちは
マナラビューティー編集部の水野那菜です!
マナラは女性の社会進出・活躍を応援しています。
今回は、東京都の介護施設で働いている渡邉様にインタビューしました。
渡邉 真紀子様 profile
1965年生まれ。東京都出身。3児の母。
51歳でステージ2の乳がんが発覚。その後闘病を経て、現在は介護施設で働いている。
51歳で乳がんが発覚
ー『面倒くさい』日常が幸せなんですー
裕福な暮らしから一転 借金が1,000万円に
実家は自営業を営んでいて、幼い頃から比較的豊かな暮らしをしてました。創業家の後継として生まれた主人と結婚してからも専業主婦として順風満帆に暮らしていたのですが、それぞれが徐々にくずれたのです。主人の会社の経営が急に傾き、主人の給料はほぼゼロになり、私は資金調達のために親戚中を駆けまわり1,000万円以上の借金をしました。
その後、3人目を出産した38歳のときに、民事再生法適用となり、とうとう主人たちの経営権は失われてしましました。
「自殺する」と涙を流す長女
お金もなく、主人は単身赴任で宮城県に行ってしまったので、私は3人の子どもを抱えて実家に戻りました。今まで専業主婦だったけれど、実家を養うために仕事をすることに。私が仕事でいない間に、もともと実家に住む私の兄と長女の関係が悪化。今までの生活をくずされたくない兄、自分の意思を曲げたくない思春期の長女は、毎日のようにけんかをしていました。しかし、ある日「こんな生活が続くなら死んだ方がまし」と長女は自殺をしようとしていたのです。生活は苦しかったけれど、大切な家族を守るために、実家を離れ、子ども3人と暮らし始めました。
落ち着いた矢先の乳がん
引っ越してから3年間、朝9時から夜中の3時まで必死に働いていたら私はかなり痩せ細ってしまいました。「こんなに痩せちゃって…」と自分の体を見たときに、胸に違和感がありました。「大きな石がある…」明らかに胸の形がおかしかったのです。そのまま急いで病院に行くと、ステージ2の乳がんであることを告げられました。しかも、「全身に転移している可能性がある」と。子どもたちに乳がんであることを伝えると、泣きくずれ心配してくれたのですが、「学校やアルバイトも今まで通りに過ごしてほしい」とお願いして、私は10ヶ月間の抗がん剤治療をすることにしました。副作用によって全身の痛み、吐き気、髪の毛は全部抜けました。しかしその甲斐あって、右胸とリンパ節を全摘出したものの、手術は成功しました。
手術当日の様子
面倒くさいことができる幸せ
今はデイサービスの仕事をしていますが、再発もなく過ごせています。たくさんの人に囲まれながら感謝される毎日が楽しく、毎日笑いながら過ごせていることが幸せです。30代からお金、家族、病気と大きな問題で苦しみました。だからこそ一見面倒な料理・洗濯などの平穏な日常が幸せに感じるのです。きっと、今何かに苦しんでいる方もいるのではないでしょうか?止まない雨はありません。希望がいちばん大切ですから、人生を悲観しないで、自分らしく前向きに過ごしてください。
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